第一章 我が街へ

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翌朝、階下から怒鳴り声が聞こえて目が覚めた。 耳をすますと、姉の声だと解った。重い気持ちを振り切って起きて身仕度をする。 そして、ゆっくり階下へと降りて行く。 「最低!!あんたなんか父親じゃないわ!!」 あれ?今更解ったの、姉さん。 「いくらかなぁ?て思ってさ。ごめんな、塔子。」 「信じられない。あの懐中時計は、おじいちゃんとの約束の品なのに…」 泣きじゃくりながら、親父を責める姉を見て。母が生きていたらと思った。 母は、俺を産んで直ぐに亡くなった。身体は弱いが、気丈な優しい女性(ひと)だったと祖父から聞いた。 「とうとう、やったか…。」 呟いて、俺は 朝飯も食わずに玄関へ向かう。 「私、大学へ行くから!質屋に返してもらいにいってよ!」 姉は叫ぶと、走って玄関へ。思い切りよく戸を締めて出て行った。 バタン!!! 「誠悦。」 嫌な声が背中越しに聞こえる。 「質屋“旅籠”解るだろ?学校から近いから、帰りにでも姉さんの懐中時計持って来てくれ。金は後で返すとも。」 「…いくらに換金してもらって、使ったの?」 親父はだらしない笑みを浮かべて、指を三本立てた。 「三万か。」 「いや、三十万。」 親父のセリフに、声を奪われたかのように一瞬出なかった。 「冗談じゃない!一晩でどうやって!?」 「何十人て来てただろう?そしたら、チョイチョイでこんだけ…」 腹立たしいを通り越して、本気で家出したくなる。 こんな奴と、これ以上暮らしたくない。 「勝手にしろ!!!」 親父の情けない声を、背中で聞きつつ。俺も勢い良く外へ出たのだ。 苛立って文句を心の中で重ねていたが、学校へ着く頃には平常心を取り戻していた。 いや…無関心かな。 着いた時間は、七時四十分。早過ぎた。 「勉強する気にもならないしな…どうすっかなぁ。」
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