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  職場に着くと、パソコンを立ち上げる。 ブーンと微かな機械音がする。 引き継ぎのファイルに一通り目を通すと、コーヒーを煎れに席を立つ。 コーヒーメーカーをセットするのが億劫な私は、インスタントコーヒーで済ませようとしていた。 すると、給湯室の入口から声がした。 『おはようございます。』 同じ部署の木村 絢子(きむらあやこ)だった。 『あぁ、おはよう。いつも早いね。』 『性格なんです。』 そう言って人懐っこい笑顔を見せる。 『コーヒーなら私が煎れますよ。』 『悪いからいいよ。』 『私が飲むついでです。』 そう言って笑うと、私の手からマグカップを受け取り、絢子はコーヒーメーカーをセットし始めた。 『デスクに持って行きますから、座っていてください。』 背を向けたまま彼女はそう言った。 『すまないね。では、お願いするよ。』 私は、給湯室を後にした。 デスクに戻ると、昨日の見積りに目を通す。 ユラユラと室内に漂い始めたコーヒーの香りを感じていた。 結婚してから、朝にコーヒーを飲む事が習慣となっていた。 毎朝、妻が煎れた熱いコーヒーを飲む。 当たり前の様に出てくる朝食、温かいコーヒー… 全てが当たり前だと思っていた。 『たまには違うモノ出せよ。』 二日酔いで機嫌が悪かった私が妻に言った言葉… 『ごめんなさい。』 妻は小さく呟くと、私の前の皿を下げ冷蔵庫を開け、中身を確認し始めた。 その姿に苛々した私は、何も言わずテーブルから離れた。 慌て後を追う妻の動きは感じたが、冷たく玄関を閉めた。 ふと、そんな事を思い出してしまった。 『お待たせしました、ここに置いておきますね。』 木村絢子の声で、意識がデスクに引き戻される。 『ありがとう。戴くよ』 『今日辺り、降りますかね?雪。』 立ったままデスクに寄りかかりコーヒーをすすっている彼女が聞いた。 『どうだろう…』 窓の外へ目をやりながら答えた。 『最近、天気予報はあてになりませんからね。私、午後から外なんですよ。嫌だなぁ…。靴汚れちゃうし。』 彼女は、そう言って自分の足元を眺めた。 『確かに、女性には厳しいな。雪や雨には向いてない靴だ。』 少しだけ高さのあるヒールを履いている足元を見て答えた。
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