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『今日は大丈夫だろ。』
もう一度、窓の外に目をやり、私はそう答えた。
『だといいんですけど。』
そう言って笑うと、絢子は自分のデスクに戻って行った。
木村絢子は、この会社に三年前に入社してきた。
今時の若者には珍しく、手を加えていない様な黒髪で幼い顔をしている。
あまり化粧っけはないが、整った容姿をしているせいか、比較的目立つ存在だった。
性格もサッパリとしていて、誰にでも気さくに話かける為、好感が持てた。
本当に今時珍しいタイプの女性だった。
そんな彼女だが、こうして親しく話す様になったのは…
三ヶ月程前からだった。
妻が居なくなり、社内では腫れ物を触るような目で私を見る者が大半だったが…
彼女は違っていた。
ある朝、いつもの様に出勤しコーヒーを煎れようとしたが、いまいち使い方が分からず、コーヒーメーカーをガタガタと触っていた。
突然背後から、スッと腕が伸び視界に入って来た。
『何でも奥さん任せだからですよ。』
そう言って、コーヒーをセットしてくれたのが絢子だった。
【奥さん】
この単語ですら、禁句の様な雰囲気が漂うデスクで、サラリとその言葉に触れた絢子…。
正直驚いたが、それがきっかけとなり朝会う度、数分だが挨拶程度の会話をするようになっていった。
絢子のおかげで、職場での重苦しく思えていた空気が、柔らかく軽くなったようにも感じ…少し感謝もしていた。
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