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「帰って来たんだね、加奈。」
浩太が溜まらずに抱き寄せてくれることも知っていたのだと思う。
右手で私の体を自分の胸に抱き寄せることを。それは強引で、でも柔らかい。
「逢いたかった。」両腕で私を抱きかかえたまま、浩太はそう言う。
知っている。自分達は永遠の中にいる。
「おかえり、加奈。」
「浩ちゃん。逢いたかったの。ものすごく。
逢いたくて仕方なかったの。」
口角を持ち上げて、優しく微笑む浩太を狂おしいほどに愛おしいと思う。
忘れられないだとか愛しているだとか、そんなことではない。
そんな言葉で解決できる何かではないのだと確信する。
言葉は極、簡単な簡素な単語でしかなく、それは何の意味をも持たないのにそれだけで十分なことを知る。愛を優しく纏わりつかせた目で私を見てくれるから、もう十分伝わっているのだと思えた。
理香に断り、二人でフロアを出た。二人きりのエレベーターはやけに明るく、密室特有の人工的な匂いがしていて、蒸し暑く、一気に冷静にぎこちなくなってしまう。
無言で繋いでしまった手を離せないまま。降下していく。まるで交際を反対された子供のようだと思ってしまう。認められない故に、固く離れられずに逃げることを試みる子供。
もう、戻れないかもしれない不安と戻りたい後悔。
でも違っているのは。
と考える。浩太の丸刈りの頭、温かい手。私たちは何も捨てようとはしていない。
一度でも線を踏み越えてしまったら戻れないことを知っている。反対され、意地を張り、それが愛だと言い張るほど幼くもなく、失うものは自分の大切な家族であることも解る年齢なのだ。失ったら、もうそこには帰れない。
逃避行するには、成長しすぎている。もしかしたら出逢ってすぐだったならば、逃避行も許されたのかもしれない。
だけど。自分は素直になれなかった。
「どこ行こうね?」
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