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今でさえ。
そうして欲しいと望んでしまう。
「逃げ場でしかなかったの?
…ただの、逃げ場で。。今まで俺と一緒にいたの?」
ボリュームが絞られ流れるレゲエ。「いつか一緒に行こうね。」と言っていたジャマイカとは、こんなにも温かく、熱いダンスミュージックがどこもかしこも流れているのだろうか…等と、思考回路がずれてしまう。逃げ場。。。車内に取り残された音に神経を集中させてしまいそうになる。
違う…
「それは違う。
それだけじゃないよ。
ただ。今のままでは…だ」
「じゃ、いつならいいの?今が駄目なら、いつならいいんだよ…」
話しを遮ってまで問いただした浩太の声は、頼りなく響いてしまっていて、私は浩太の顔を見なくてはいけない、そう思うのに。鼻を啜る浩太を見る勇気すら私にはない。
今、まさに浩太を失おうとしている。
怖いのだ。
初めてデートをした日。
仕事に行くふりをして家を出た。嘘がばれないかとドキドキして、後ろめたくて、怖かった。
浩太が笑顔でそこに居てくれたから、自分は安堵感に満ちたんだ。迷子になった子供が親を見つけた瞬間に一気に込み上げる安心と不安。そんな感じ。自分はきっと。浩太をずっと探していた。
あんなにも安心できた大きな肩も引き締まったふくらはぎも、そのしなやかな指も今はもう、触れてはいけない。拒絶の距離を置き始めている。
夫からの暴力でできた痣や腫れた瞼をそっと優しく、触れてもらえることも、もう失くなってしまう。リストカットした腕を引きもせず摩った浩太。「もう大丈夫だから。…こんなことはしなくていい。」そう言った。
いつも、私に向き合う姿勢でいてくれる浩太に私は何もしてあげられない。
傷つけてしまう。
「どのくらいの時間が必要なの?」
待っていてくれるとでも言うのだろうか。
「一、二年…くらい。 もしお互い、気持ちが変わらなかったら二年後…海で会おう?」
「なにそれ…って…どこの海?」
「二人でお酒を飲んだ海。夕方の。オレンジの…海。」
「どこだよ」
今浩太は笑った。馬鹿にするかのように鼻で笑った気がする。突然、冷たくなる浩太に私はいつもたじろいでしまう。
「思い出せないならいいけど。」
意識して冷静に続けた。
「送っていくから」
何事もなかったかのように、あっさりとハンドルを回しはじめる。
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