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岡の上から町を見下ろす。 午前二時を回ると殆どの家々から明かりが消えているのが判った。 「星にとって電気は邪魔者ね」 私は呟くと、岡の上にある小さな原っぱに、ごろんと寝転ぶ。 夏の日射しを浴びた草の匂いが鼻いっぱいに広がり、心地好い夜風が私の頬を撫でていく。 鈴虫や蛙も寝静まってしまったのか、夜の音楽隊も居らず、夏の夜の大地には静謐が満ちていた。 ただ、空は違う。 夜空を見やる私の一切の視界は賑やかな星たちで染まっている。 星が降り注ぐかのような満天の空は歌を重ね、音を奏でていた。 黄色。赤色。白色。 千々の煌めきと幾千の音色が私の感覚を奪い、瞬く間に星たちが織り成す物語へ惹き込まれていく。 今日が晴れて良かった。 私は信じてもいない神様に縋って祈りを捧げたくらいに、どうしても今日は晴れて貰いたかった。 今日は私が町から出ていく日。 今日は私が貴方にお別れする日。 私は目を瞑る。 なんだか物悲しくなって、これ以上は涙が出そうな気がしたから。 目を閉じると眼前から明かりが消えてしまい、だが星空が奏でる響きは未だに耳に届いている。 星が煌めき響き合う音は、ピアノの優しい旋律に似ていた。 『こんなに綺麗な星空なんか滅多にないよ? 見なくていいの?』 貴方は言う。 いいの、と短く私は返した。 晴れて欲しかったのは、今日は貴方と共に過ごしたかったから。 星空なんか見なくてもいい。貴方が隣に居てさえしてくれるなら。 『何かの本で見たんだ』 貴方は嬉しそうに言う。 『この宇宙の何処かには僕らと全く同じ世界が広がっていて、其処にはもうひとりの僕らが……ってごめん。君はこういう話一一』 「そうね」 貴方の言葉を私は一言で遮る。 「この星空の下には、必ず一一」 もうひとりの私たちが居る。 きっと向こうのふたりは、私たちが離してしまった幸せな日常を掴んだまま、笑い合って暮らしているのだろう。 否、そうであって欲しい。 一一どうか、幸せに。 「私、もう行くね」 目を閉じたまま私は言う。 でないと、涙で決意が鈍ってしまいそうだから。 「いってきます。さよなら」 『いってらっしゃい』 輝いていたあの頃のように、貴方が隣で笑った気がして、目を開いて貴方が居た場所を見た。 私しか居ない原っぱに、夜風がさわさわと通り抜ける。 愛しい貴方よ、さよなら。 もうひとりの私たちよ。 一一どうか、幸せに。
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