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「何だ。もう、終わったのか?」
「あ、西村さん。それがですね…」
岩城は言いかけ、困ったように口ごもった。
「なんだ、乗客はどうした?」
「帰しましたよ。証言ゼロ。全員が口を揃えて、覚えていないの一点張り。話になりませんよ」
川瀬は他人事のようにさらりと言った。
たちまち西村の顔が真っ赤になる。
「何だと!」
「あ、いえ…一応証言は取れたんですが、突然のことだったらしくて、目撃者の証言が不確かなものばかりなんです。これといって目ぼしい情報もなく…犯人に繋がるような手がかりもなく…」
慌てて岩城が西村と川瀬の間に入った。この二人はパートナーだというのに、完全に水と油である。
「だからといって俺に報告もなく、勝手に帰したというわけか?」
西村は渋面で煙草を取り出し、火をつけた。
ゆっくりと煙が吐かれるのを、岩城と川瀬はおとなしく待った。
「本当に何も分からなかったのか?」
「はい…」
「あれだけの乗客がいて、どうして一人もまともな目撃者がいないなんてことがあるんだ!」
「確かに私も変だと思います。ですが、一様に分からないと…」
「そんなの、お前達の聞き方が悪かったんだろう。あの、狭い車両に犯人と一緒に乗っていた。顔を見ていないほうがおかしい状況じゃないか。それが、なぜ聞き出せない。お前達は何年、刑事やっているんだ!」
西村は二人に煙と一緒に怒声をあびせた。
川瀬はうるさいといった風に耳を塞ぎ、溜息混じり口を開いた。
「あの、いいでしょうか。たとえそうだとしても、彼らは普通の人間です。自分のためなら、嘘をつくことだって出来るんですよ」
川瀬は、あからさまに肩をすくめる。
「たとえ覚えていたとしても、関わりたくないんですよ。事件とか事故とか、自分に関係ないことには触れたくないんですよ」
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