震える女…下

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 伏せた眼をようやく手帳に戻して、真理子は言った。店主は黙って手を組んだまま、その先を促す。  真理子の手が、手帳の表紙に触れ、ひやりとした鍵の部分に触れた。眉間にしわが寄っていることを、気付いてもいない風で。 「好きだった人を私に取られて、私があんなことを言ったから、馬鹿にされたと思ったのでしょうね」  ため息をついた。そんなつもりはなかったのに。ただきっと、たとえ真紀子の好きになった人だって、二人を見分けることはできないだろうと思ったのだ。  なぜなら二人はお揃いで、そっくりで、まったく同じだから、そう真理子は考えていた。 「それからすぐのことです。私は交通事故にあいました…私の不注意なのですけど」  原付で自動車と接触し、足と腕を骨折、入院を余儀なくされた。真紀子のことを考えていたせいで、完璧な真理子の不注意だった。 「…貴方は、双子が母親の腹の中で取り合いをしている、という話を信じますか?」 「取り合い、といいますと?」 「母親から送られてくる栄養だけでなく、腹の中にある一人分の才能を、二人で取り合っているそうです」 「それは面白い話ですね」  面白い話、その言葉に真理子はやはりため息をついた。  面白い話、非現実的、何の科学的根拠もない。 「…でもね、本当なんですよ」 「ほぅ…?」  まっくろな瞳を細めて、面白そうに店主はソファから体を起こした。  まったく手をつけられた気配もなく冷めていく彼のカップの紅茶を見るともなしに見ながら、真理子は口を開いた。
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