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事故でひどかったのは、骨折だけではなかった。頭を強く打ったことが原因で、脳内で出血を起こし、出血によって脳が圧迫されて言葉が一時的に使えなくなってしまったのだ。
伝えたい意思はあるのに、その意思が言語につながらない。
手術をするまでのほんの数日間だったが、真理子は言語能力を失っていた。
直後、友人が見舞いのついでに真理子に言った。
「最近、マキがすごいんだよ」
わくわくと、同じサークルの友人は真理子にお見舞いのケーキを差し出しながら、一度見舞いに着たきりの真紀子のことを話してくれた。
「上段蹴りがきっちり決まるようになってきたの。補習に引っ掛からなくなったから、とかいってたけど」
笑いながら友人は真紀子をほめて、真理子の体をいたわって帰って行った。
そのとき久しぶりに、真理子はさっきの話を思い出したのだ。
双子は、お互いを取り合うという、何の根拠もない俗説を。
(あぁ、マキちゃんは、私から全部奪う気なんだわ)
出血は、手術は、果たして真理子の脳にどれほどの影響を与えたのだろう。何が失われて、そして、
(どれくらい、マキちゃんはとっていったの?)
数か月を経て学校に復帰した真理子が見たのは、成績優秀でサークルでも団体戦の代表に選ばれる真紀子だった。
しかも、その隣には醍醐がいたのだ。
キレのない自分の拳に、足さばきに、真理子は絶望した。授業についていけず、追試にかかり、ひっそり泣いた。
周囲は怪我を心配し、真理子をいたわってくれたが、真理子はもう二度と自分が以前のようには戻れないと感じていた。
ブランクだけではない、喪失感を、誰にも理解できないだろうそれを込めてただひたすら真紀子を睨みつけていた。
「そんなことはあり得ない、そう思いますよね?でも、不思議なんですよ。私、前みたいにピアノも弾けなくなって、簡単なはずのレポートも、マキちゃんみたいに居残りするようになっちゃって」
がくがくと、真理子の手が震える。
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