2816人が本棚に入れています
本棚に追加
年は若い様にも若づくりにも見えるし、背は高くも低くもない。艶のない黒髪は癖毛なのか、一つにまとめてもうねっていた。顔立ちは端正に整っていたが、これと言って印象に残ることのない、まったくもって癖のない顔。
間違いなくこの店の主人だろうけれど、骨董屋の主人には少しも見えはしないその容姿に真理子は困惑を隠すことなく顔に出してしまった。
店主らしき男はくすりと笑う。
「いらっしゃいませ。今お茶をお出ししましょう」
「あ、いえ、その…ごめんなさい、私このお店が何のお店なのか知らずに入ってしまって」
客として扱われることに若干の不安を憶え、真理子は続けた。
「それに、こんな遅くまで、何も考えずに入ってしまったけど…もしかして、もう店じまいだったんじゃない?」
「御安心を。店じまいだなんてとんでもない、どうぞくつろいでくださいね」
実に優しげな声で男は奥の方に姿を消し、すぐに湯気の立つカップを二つ、盆に載せて運んできた。案内されるままに真理子はいかにも古そうなヴィクトリア調のソファに体を沈め、カップを受け取った。
受け取ったところで、手が震えていることに気づき、慌ててカップを机に置く。
そうだ、『妙な店で、深夜に店主に茶をふるまわれるヒト』はもう滅多にいるまい。もしかしたら自分ひとりかもしれない。
そう考えるとカップなどつかめないほど手が震えて、今すぐこの店から飛び出したい衝動に駆られた。
「まぁ、まぁ、落ち着いて、お客様」
真理子の心を読んだかのように、男は真理子の肩を掴んで椅子に固定した。
そのまま自分も向かい側の椅子へ腰を下ろす。
紅茶の芳醇な香りが立ち上り、バラの花がカップの底で咲き誇っているのが見えた。
「この店ですが、何かを売る店ではないのですよ」
「え」
てっきり骨董屋か何かだと思っていた真理子は、目の前の男を見上げた。
丈の短いベストからリボンタイがのぞいている。ちょうどタイの目の前で手を組んで、店主はにこりと笑った。
「この店は、お客様のものをお預かりする店なのです」
預かり屋、とでも申しましょうか、と補足して、じっと真理子を見る。
その理解を図るかのように。
最初のコメントを投稿しよう!