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「預かる?貸倉庫のようなもの?」
「いえね、まぁ、倉庫と言えば倉庫なのでしょうが、ああいった業者のように毎月金とるようなことは致しません」
ゆらゆらと薫り高い湯気の向こうで、男はまっくろな瞳を細めて真理子を見た。
「ただお預かりするのです。ほとんどの場合半永久的に、お返しすることはめったにありません」
「…それは…」
(横領というのではないかしら)
貸倉庫の方がましな気がする。しかし、見渡す限り現にここへそういった条件で預けている人がいるようだ。置いてあるものが雑多なのはそのせいだろう。
しかし、いいのだろうか、返してくれない倉庫へ預けたりして。
(それでは、まるで)
「手元にある必要のないもの、いっそ捨ててしまいたいもの、そういったものばかりです」
真理子の思考を引き取るように店主は言った。
「でも、捨てられない。そういったものに心当たりはありませんか?処分すべきなのに処分するには心が痛むもの、もしくは…間違っても処分の過程で誰かの手に渡したくないもの、誰にだってあるものでしょう」
たとえば、と店主はすぐ隣のショーケースから指輪を一つ取り出した。
真珠のついた、シンプルだが可愛らしい指輪だ。
「これなんか、典型的な例です。恋人からもらった指輪だそうで」
あぁ、と真理子はうなずいた。
捨ててしまいたいのに、捨てきれないもの。捨ててしまったら思い出まで捨てることになってしまいそうで、でも手元にあっては次の恋に進めない。なるほど。
ことり、小さな音をたてて指輪がショーケースに戻された。
す、と店主の視線が真理子に戻ってくる。
「それで」
視線が、そのまま真理子の鞄に映る。
「今日は、何をお持ちですか?」
ぞくり、背筋を這う悪寒に真理子は思わず自分の鞄を抱きしめた。手の震えは収まらない。店主の視線はじっと鞄からそれない。
「どうして、どうして、」
乾いた口から疑問符がこぼれて、ごくりと唾をのむ。
しかし店主は「ああ、」といやに愛想のいい笑顔で首を振った。
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