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「やっぱり普通のドーナツだけにしておけばよかった。甘い、コレ。」
「前、好きだったじゃん、ソレ。」
カスタードクリームがつまりにつまったドーナツ。周りには砂糖が纏わり付いていて、正直・掴むのも躊躇した。
「ちょうだい、食べるから。勿体ない。」
あたしは手渡し、指についた砂糖を舐めた。甘い、あますぎる。
「そういうのしなかったじゃん、前まで。」
「ん?何?」
「人の食べかけ食べたり、回し飲みしたり」
「他の人にはしないよ。君だからする。」
「嘘つき。」
「またそういう事言うー。」
男はぺろりと甘いドーナツを平らげた。
「後でアイス食べようよ。」
「今ドーナツ食べたばっかじゃん」
「だから、『後で』。」
「しょうがないなぁ」
笑う、その八重歯。悪戯な笑顔、
「スキだよ」
「何、どうした?君からそれ聴くの久しぶりだね」
「ちゃんと覚えててね、もう言ったげないから。」
「えーっ」
それから男はもう一回もう一回と何度も喚き、散々に無視してやると、唇を尖らせて黙った。こんなふうに甘えられるのは君だけだ、と以前、何度か言われた。あたしは、最早、その凡てを信用できないでいる。貴方は、そういう甘いだけの言葉をあの女にも吐いている。貴方が想うならそれは事実だけど、あたしには届かない。
「別れない?」
「またそれ?」
「違う。貴方とあの馬鹿の話じゃなくて、貴方と・私。」
「何、それ。」
「もう逢わないことにしましょ。」
「いや。」
「私、疲れたの。これ以上貴方に振り回されるの嫌なの。」
振り回してるのはあたしのほうで、
尤もらしいことを言えば、自分さえも騙せるような気がする。
「じゃあね。」
席を立つ。振り返らない。貴方は引き止めない。終わりにしましょう、こんなごっこ遊び。
翌日の朝は快晴で、あたしの至極当たり前な生活が始まる。貴方のいない、至極当たり前の生活が。
携帯がなる。表示された名前は貴方。
「もしもし」
『来て』
「は?」
『いいから早く来て』
電話は切れた。
あたしは、アクセルを強く踏んだ。
あたしの生活は、また当たり前ではなくなる。
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