水面の韻

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 草市の八月。  灯る篝火。精霊の還る月。  蒸々とした湿気を孕む木の下闇に、法師蝉の鳴き声が染み渡る。  仰げば、蒼穹。  天上高く拡がる秋の澄空に、晩夏の涼風未だ届かず――  ぽたぽたと。  顎の先から滴り落ちる雫。  ぽたぽたと。  また、ぽたぽたと。  頬の輪郭をなぞり辷ゆく水筋を、小太朗は握りしめていた渋手拭を使い、濡れる顎先を靜に拭った。 (僕は、ここで何を――)  夏白陽に揺らめく陽炎の、立つ地表の現は儚く。  朧(おぼろ)気。 「……ああ、そうだ」  ふと、小太郎は思い出す。 「今日は龍之介君と盂蘭盆え祭へ行く約束をして……でも、とても暑いから……」  見上げた双眸に、じりじりと照りつける夏場の直射日光。  その日射に当られ、意識も虚ろに過ぎた刻は何時であろうか。 「いけない、早く行かなくちゃ……あまり休んでいたら待たせてしまう」  遅れた時間を取り戻そうと、小太郎は再び歩き出す。  真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ。  友の待つ場所へと脚急ぐ小太郎の背を、その場に縫い付けられた影法師だけが黙視に見送っていた。
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