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「次は月。次は月に参ります」
なんと、この機関車は宇宙へと飛び立つらしい。これでは本当に銀河鉄道だ。
この旅を経て、僕は段々次の目的地が楽しみになってきた。
月を存分に見学した後、水星、金星、火星、木星、土星と観光した。
どの星も美しく、僕は宇宙の神秘の虜になった。世の中には、僕の知らない楽しい事もあるものだ。
そう思っていると、またもアナウンスが車内に響く。
「次は太陽。次は太陽に参ります」
そう言うと、機関車は太陽へと移動を開始した。
太陽近くの星に行っても眩しく無かった事から、機関車の窓には特殊な加工が施されているのだろう。
太陽を近くで見るなんて、なんて貴重な経験だ、僕の胸は期待にふくらんだ。
だが、機関車は太陽の近くについても止まる様子が見えない。一直線に燃え盛る炎へと向かう。
おそらくは、特殊な素材で出来ているのであろう機関車の中では、暑さを感じなかったが、流石にこのまま太陽へ突っ込むと、痛みも感じずに列車ごと消えてなくなるだろう。
急に恐怖が湧き出る。いやだ。死にたくない。もっと生きて、色んな楽しみを見つけたい。
だが、元々死ぬ為に来たのが前提だ。僕の願いは虚しく。機関車は止まる事無く、太陽へと突っ込んだ。
遠い意識の中、アナウンスの声が聞こえる。
「……てん、……のよ」
少し意識がはっきりしてきた。「終点、この世で御座います。お帰りの際はお気をつけ下さい」
ん?この世?
周りを見渡すと、僕は機関車に乗り込んだまま、近隣の駅にいた。
呆気に取られていた所で、添乗員の格好をした男が話掛けてきた。
「いかがでしたか?死の体験は?これは、バーチャル体験、他の乗客は全てエキストラです。
少しでも自殺願望のある若者を思いとどまらせる為、自殺志願者をガスで眠らせ、脳内で素晴しい景色と、死の恐怖、両方を体感させるという。極秘の政策なのです」
添乗員の男はにこやかに僕に笑いかける。
「感謝します。お陰であの世で後悔せずにすみました」
僕はそう返事を返すと、機関車を降り、自分の家へ歩き出した。気分は清々しい。
もう大丈夫だ、死のうなんて思わない。今まで知らなかった、辛い事以上の素晴しいものを知った。
ましてこの世には、まだ知らぬ楽しみもあるのだろうから。
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