星空を仰いで

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草以外、何も無い原っぱ。その付近に人工物は無く、見渡す限り、草ばかりである。 昌樹は、その原っぱで一人腰を下ろし、静かに空を仰いでいた。 時刻は午後11時。特に目的がある訳でもなく、なんとなく、星を眺めている。彼にとってそれは、ここ最近の習慣となっていた。 なぜ、毎日ここへ来ているのかは、昌樹自身にしか分からなかった。 ただ、近所にある、この場所が好きなのは確かだ。としか言い様が無い。 優しく吹き抜ける心地良い風、ほのかに香る草の匂い。 自然が人間の都合で、次々と壊されている昨今、昌樹にとってそれは、この場所以外では、感じることの出来ない、不思議な感覚だった。 昌樹は、夜空に輝きをみせる、星に願う。 「この場所がずっとこのままでありますように」 だが、その願いも虚しく、数ヵ月後その場所は、新たな住宅の建設地となってしまった。金に目が眩んだ大人たちにとって、この様な場所は、絶好の的である。 建設が始まると、原っぱには、土建用の重機が入り乱れ、土に生えていた雑草は、次々と掘り返される。整地された土の上には、コンクリートが塗り固められ、一年後には立派なマンションが建った。 道路が舗装され、駐車場も作られると、入居者は次々と入り、近くにはコンビニも出来た。 数年後、時刻は午後11時、昌樹は、マンションが建ってから、初めてこの場所を訪れてみた。 手にはバラの花束を持っている。 もう、入居者も寝静まる頃であるが、まだ道路には車が通っている。星の輝きは昔となんら変わらない。だが、あの心地良い雰囲気と静けさは、すでに無かった。 昌樹は、唯一あの頃と変わりのない星空を眺め。 「せめて、この星空だけは、ずっとこのままでありますように」と願った。 これより先、科学が進歩すれば、もしかするとこの願いも、叶わないのかもしれない。 だが、昌樹は信じたかった。全ての人間が、この星空の素晴しさを、お金よりも大事に思う日が来る事を。 昔、ここから見た星空は、数年前に亡くなった昌樹の母が、一番好きな景色だったのだから。 昌樹は、手に持った、母親が一番好きだった花束を、冷たいコンクリートの上に置き、その場を後にした。
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