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ただ暗い森。
いや、日の光は存分に当たるのだが、裕也にとって目の前は暗いだけであった。
その森に裕也は、猟に来た。猪を狙いに来たのだが、中々出会う事は無かった。
だが、せっかく来たのに、手ぶらでは帰れない。裕也はせめてもの獲物を持って帰ろうと躍起になっていた。
すると裕也の近くで、草がガサガサと音を立てる。これは大物だと、裕也は猟銃を構え引き金に指をかける。
今まさに引き金を引こうとすると、音の主が草むらから顔を出した。最愛の彼女だった。
引き金は寸での所で引かずにすんだ。裕也はヒヤッとしながら、少し乱暴に彼女に話かける。
「危ないだろ、猟区の中で無闇に動き回るものではない。撃たれても不思議ではないぞ」
裕也の心配を他所に、彼女は微笑みながら舌を出して答える。
「あら、だって私の知っている裕也は、いきなり引き金を引く男ではないもの」
裕也は呆れながら言う。
「だったら、俺から離れるなといつも言っているだろう。全く、いつもは虫が嫌だと言って、近くのコテージにいるくせに」
すると彼女は、少し頬を赤らめながらこう言った。
「だって、裕也の顔が急に見たくなったから。でもやっぱり虫は嫌いだわ」
そういうと彼女は裕也に可愛らしく舌を出してコテージへと戻る。
それから数秒たったその時だった。乾いた銃声と共に彼女の悲鳴が聞こえたのは。
裕也が駆けつけた時、彼女はすでに地面へとうつ伏せていた。
いつもならば、この後は自分の狩った獲物を彼女と一緒に食べていたはずだ。もっときちんと注意しておけばよかった、裕也はそう思いつつ後悔の念にかられた、今さっきまで笑顔で舌を出していた彼女はすでに……。
誤って彼女を撃った猟師はすでに逃げていた。だが、裕也にはそんな事はどうでもよかった。ただ自責の念と涙が止まらない。
彼はもう、二度とこの真っ暗な森へ猟をしに来る事はないだろう。あえて来る時、それは今日。彼女の一周忌だ。
丁度一年を彼女とその家族へ、償いとして生きてた裕也は、真っ暗な森で命を絶った。
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