紅葉狩り

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秋も真っ只中。山は紅葉で染まり、涼しい風が吹き抜ける。 そんな時期に一組の若い夫婦が、子供と一緒に毎年訪れる山を目指していた。 世間では食欲の秋やらスポーツの秋などと騒がれているが、この夫婦はそれよりも、結婚のきっかけとなった思い出深いこの山で、一家水入らずゆっくりと紅葉を眺めるのが好きだったのだ。 だが、そんな夫婦のささやかな楽しみはこの年で終わりをつげた。訪れた山が、ゴルフ場の建設地となっていたのだ。 去年までの面影はすでに無く、紅葉の木は無残にも刈り取られ、山はすでに丸坊主と言っても良いほどだった。 もちろん、建設地である山の中へ入る事は叶わず、夫婦は悲しげにその場を後にした。 数年後、ゴルフ場が完成した年の秋に、その家族は思い出の詰まった山に造られたゴルフ場を訪れてみた。 綺麗に敷き詰められた芝生、さらさらと流れる小川は確かに美しかったが、やはり人口的なものである。 それを見た夫婦はがっかりしてしまった。小学生である子供ははしゃいでいたのだが、そこに昔の面影は無い。 だが一本の木を見て、夫婦の顔に明るさが戻った。 その紅葉の木には、昔刻んだはずの二人の名前が残っていたのだ。 二人はとても嬉しくなり、子供と共に、幸せそうにゴルフ場を後にした。 帰り道、はしゃぎすぎたのか、疲れ果て眠ってしまった子供の寝顔を見ながら旦那が呟く。 「子供だと甘くみていたが、いつの間にかこんな気を使えるようになったんだな」 すると妻は笑いながら答えた。 「ええ、いくらなんでも私達、あんなに字が下手ではないものね」 新しい思い出の出来たゴルフ場に、「来年も来よう」と言いながら、夫婦は幸せそうに家路へついた。
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