詩人きたりて

2/4
前へ
/92ページ
次へ
まだ機械など存在しない遠い昔、一人の詩人がいた。 この男の家系は先祖代々今まで世界を巡り、見てきた事や感じた事を詩に書き起こし、歌にのせてきた。その歌で日銭を稼いできたのだった。 この一族は強い感受性を持ち、さらに感じた事を人々に伝える術に長けていたからだろう。 その詩人は一つの国へたどり着いた。城下町へ入った詩人は、詩の材料を探す為、早速辺りを見渡した。 これまでまわってきた国や村とは違って、人々の顔には笑顔が少ない。笑っている人も何人か見かけたのだが、どこか影のある笑顔である。城下町全体がどんよりしている印象を詩人は受けた。 全く活気の無い人々を不思議に思い、詩人は近くにいた、おそらくは中年であろう女性に尋ねてみた。 「僕は世界を巡って旅している者なのですが、この国では笑顔が少ない無い印象を受けました、なにか理由があるのですか?」 すると女は悲しそうに答えた。 「ええ、今この国は北と南で別れ、戦争をしているんです。親戚等も離れ離れになり、多くの男はむりやり北との戦争へ狩り出されました、残った者には笑顔など残るはずもありません」 「何故戦争を?」 「王様は双子でした。国王様が就任された時は、ご兄弟で国を半分に分かち合い、統括しようと仰っていたのですが、この南を収める国王様は民の事を考えず、欲望の赴くままに政治を行いました。それを咎めた弟君と話がこじれ、今は戦争となったと言うわけです」 なんとこの南の民は、国王の政治に苦しめられ、さらに戦争の悲劇までが襲ってきたと言うのだ。 話を聞き終え、女に礼を言った後、詩人はなんとも言えない強い悲しみを覚えた。 詩人は早速この悲しみを詩として書き上げたが、この国で歌にするのはやめておいた。こんな悲しい歌を聞き、人々がさらに悲しむ事を危惧したからである。 代わりに詩人は、この国にある素晴しい自然や無事戦争が終わる事への強い希望を一つにまとめた詩として書き上げ、それを歌に込めて人々に披露する事にした。 詩人は広場で歌を歌った。その歌を聴いた民は拍手と共に、たくさんの硬貨を詩人の箱に向け投げ入れた。 詩人はその硬貨の数よりも、少し晴れやかな顔をした者や、希望に満ちた様な笑顔を浮かべる者がいた事に、とても喜んだ。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

719人が本棚に入れています
本棚に追加