50人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前が好きだ」
表情とか状況とかは何も思い出せないのに、
声だけは耳の中で木霊していて。
■告白■
『お前は気に喰わない』
廊下、出会い頭にそう言われた。
ああそう。私もですよと笑ってやったら、苦虫を噛み潰したような顔。
『でも、好きだ』
そうして真顔で続けられた言葉は、そんなもので。
怪訝な顔をすれば、想定済みとばかりに表情を崩さずに、凜、として。
『信長様の方がずっっっと大好きだけど、』
『なんでかわかんないんだけど、』
(そう、あの日もこんな晴天でした…)
霞んだ視界、赤く染まった空に手を伸ばす。違う、伸ばそうとした。
動かそうとした右腕は僅かにだけ上がって力無く地に落ちた。
彼の声が聞こえる。
耳の中で木霊する。
(なんとも、あっけない)
これが走馬灯なのならば、信長公や帰蝶が出て来てもおかしくはないだろうに。聞こえるのはあの幼い声ばかりで。
答えていない。
応えていない。
そうですか。そう言って笑みを浮かべて礼を告げれば、泣きそうなのをぐっと堪える彼の顔。それを無視して彼を通り過ぎ、歩き去ったあの日。
(彼は、泣いたのでしょうか)
いや、きっと泣いていないだろう。
彼は強い。あのまま堪えて、堪えて、そうして次の日また私に笑いかけたのだろう。
………それは、あの時の私には眩し過ぎて。
「光秀!!!」
また、彼の声が聞こえた。
「なん、で、お前、」
珍しい、震えた声。
貴方こそ、なんでいるんですか。疑問は音にならなかった。そういえば、辺りには敵も、味方すら一人として、………いない?もう、わからない。
「死ぬなよ、光秀。なあ、」
腕が動かされる。手を握られている、らしい。感覚は当に消えていた。
うっすらと目を開けば、ぼろぼろと玉のような涙を流す、彼の姿。ああ、その顔笑えますよ。笑みを浮かべれば、何笑ってんだよと怒鳴られた。
ああ、蘭丸。
「みつ、ひで」
直ぐに答えを差し上げられなくてすみませんでした。
私には貴方と向き合う自信がありませんでした。
貴方の純粋な心を汚してしまうだろう事に堪えられませんでした。
貴方は若い。いつか飽きられるだろう事が何よりも怖かったのです。
>>
最初のコメントを投稿しよう!