50人が本棚に入れています
本棚に追加
苛立っていた。
それはもう苛々していた。何故なら暇だからと言ってわざわざ自ら!気に入りの男の所まで来てやったと言うのに、その気に入りは今こちらは暇ではないと、余に顔も見せずに部下を使って客間に通された。
分かってはいる、あれは一筋縄で行く相手ではない事。しかしこの扱いは、仮にも上司にする扱いであろうか。
というわけで憤りを感じた信長は勝手知ったる他人の城、ずんずんと城の主がいるだろう私室まで進んだ。止める小姓を引きずりながら。
そうして開いた襖の奥。
まさに気に入りの男が若い男の顎に指をかけ顔を近付けていく最中だった。ああ、そういう趣味か。頭のどこかの冷静な部分が納得する。なにせ自分も若い頃はよく構われた。
勿論全てが冷静なわけではない。顔は怒りに滲み殺気はだだ漏れ。引きずられて来た小姓が恐怖で走り去る。
「………全く、卿は待ても出来ないのかね」
「久秀ぃ……貴様、何をしておる………」
呆れた風の言葉も耳に入らない。低く低く問えば、溜め息を一つ。そうして綺麗に結われた髪と共に首を傾げる。
「見てわからないかね?」
ありったけの揶揄を込め、嘲笑混じりに問い返される。わかる、わかるが、先に聞いたのは我である。故に返さない。
すると久秀はそれを汲み取ったのか笑みを浮かべたままこう宣った。曰く。
浮気だよ。
眉が釣り上がる。今、こやつはなんと言った。浮気と言ったか。
自然と口角が釣り上がる。人はこの顔を見て凶悪な笑みだと表するらしい。興味はない。
ずるり。舐めるように入室を果たせば、先程まで顔を赤らめていた小童の顔が愉快な程に青ざめる。
浮気をしたと公言した男は、余が近付くのをそれ以上に愉快そうに眺める。
「……それは、余に本気であると取るぞ」
小童が命があるうちにと去ったのを見計らって、今度は余が男の顎を掬う。怒りは鎮まらないが、おかしな事に愉快な気持ちでもある。
対して男は、「好きにすれば良い」と、余裕の笑み。
知っている、こいつは分かってやっているのだ。知って、相手の怒りに敢えて触れて遊んでいるのだ。
本当に腹が立ったので、苛立ち混ざりに薄い唇に噛み付いた。
決めた、今宵は老体だと喚こうと無体を働いてやろう。それすらも楽しんでいるのなら、文句は言えまい。
.
最初のコメントを投稿しよう!