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家屋敷の周囲は林に囲まれていて、遠くカラスの鳴き声が聞こえる他は静かだった。
今、ここに人はいない──十分だ。
家の玄関へ足を向ける。
がしかし、引き戸の大きな南京錠に気付き、裏手に回る。
勝手口の小さなドアには、鍵がかかっていなかった。
きしむ音とともに開いたドアから、かび臭く生暖かい空気が流れ出る。
一瞬顔を歪めたものの、その空気を外にやり過ごし、中に入る。
廊下の途中にある階段を上がり、二階の奥の部屋に入った。
畳の上に少女を横たえ、窓を開け放つ。
足早な夕日は西の地へ消えたのだろう。
橙から藍に変わる空に、星が出始めていた。
深く息を吐いて、少女の方を振り返る。
少女の体は、薄暗がりの中で白く浮かんで見えた。
見つめれば見つめるほど、自分の足下が不確かに揺れて感じる。
『いいのか? この女の存在は、お前の存在を呑み込んでしまうぞ?』
全身に寒気が走った。
穏やかな風が窓から入り、部屋にこもっていた空気を冷やしていく。
夜の闇が、部屋の奥からじわりじわりと押し寄せてくる。
されどそれは、少女が眠る、白く四角い空間を侵すことはなかった。
そう──空では月が、白い光を放っている。
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