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得体の知れない恐怖感というものを、初めて知った。
「うわぁぁぁ!」
跳ねるように立ち上がり、そのまま少女を飛び越えて窓から外へ。
着地した庭でうずくまり、両手で顔を覆うと、うめき声を漏らして体を震わせた。
怨言にも似た声が辺りに低く響き、生きるものすべてが息を潜める。
どれくらい経ったか──長い時間続いたそれが、不意に止む。
ゆっくり立ち上がると、今度は、奇声を発して当たり構わず触れるものを壊し始めた。
木々をなぎ倒し、納屋の壁や窓を打ち破る。
恐ろしいほどの力で機械や農機具を放り投げ、粉々にしていく。
不安や苛立ちを、消したかった。
これまで触れたことのない感情を、忘れたかった。
だから、ただひたすら、壊し続けた。
ミシミシと鈍い音をさせて、大きな杉の木がゆっくりと倒れる。
飛び立つ鳥の羽音が遠退き消えて、そこでようやく動きを止めた。
時間までもが止まったか──辺りはしんと静まり返り、荒い呼吸だけが空気を乱していた。
空を見上げる瞳に、真円近い月が、凛と輝いている。
その、白く穏やかな光に目を細めるうち、呼吸は緩やかになり落ち着きを取り戻す。
自然と。
意識せぬままに。
心に浮かんだ言葉が声になる。
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