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怨言ではない。
雅で、美しい言の葉の響き。
紡ぎ出される音に、月が力を与えるのか。
或いは、秘められた力を呼び覚ますのか。
一層強い光を放つ月明かりを受け、目を閉じて立ちすくむ。
やがてゆっくりと視線を下ろし、家へ歩き出す。
地を蹴り、ひらりと二階の窓に跳んで部屋に戻った。
少女は──まだ眠り続けている。
傍らに腰を下ろし、白い寝姿を見つめる。
そこにはもう、先刻までの心の乱れも尖った感情もない。
不安はない。
恐れもない。
心の中は、真っ白だった。
月明かりに照らされた少女は、本当に綺麗だった。
白い肌、優しい目元に薄紅色の唇、そして細い首筋には、銀色の鎖が輝いていた。
それらすべてが清らかで、触れがたい。
それでも。
触れがたいと、感じても。
触れてはいけないものだと、わかっていても。
両手を少女に伸ばす。
電気は、走らない。
やわらかな頬を撫で、美しくなだらかな線を確認するように、顔から首筋へと指を滑らせる。
少女の肌や着ているブラウスは、清麗な月明かりの下、降り積もったばかりの雪に似てまぶしい。
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