第十九章

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ーーーあれはいつの日だったか。 『あたし、お嬢様って嫌い』 一度…そう、たった一度だけ。そう言った事があった。 自分の意見を言えなかったあの頃の幼いあたしの、精一杯のわがままだった。 それを聞いた"風間"はそれ以来あたしの事を名前で呼んだ。 姫野家のお嬢様でなく姫野美沙姫として接してくれる数少ない人。 名前を呼ばれるのはその象徴のようなものの気がしていたから、あたしの想いを汲み取ってくれてとても嬉しかったのを覚えている。 でも風間はいつからかお嬢様、と呼ぶようになって。執事となった以上仕方のないことなのだと、思い聞かせた。 だから、初めて綾斗さんに名前を呼ばれた時、"あの頃の風間"に呼ばれたような気がしてしまったのだ。 一瞬、風間と繋がってるのでは。お祖父様に命じられて来たのでは。と、疑った。 だからもしかしたらあのことを風間に聞いていて…なんて馬鹿みたいに可能性を作って。結局は違かったけれど。 ズキズキズキズキ この痛みが何故だか懐かしくて、去って行く綾斗さんを無性に呼び止めたくなった。 「綾斗さん」ってなんでこんなにも呼ぶたびに痛いの?
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