第十九章

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また、考える事が増えてしまった。 先週のことなんて思い出したくもないのに。 嫌々ながらも、淡いエメラルドグリーンの布団の上に横たわっている携帯をもう一度持ち直した。 新規で登録したばかりの名前を探し当てると、十分に悩んだあとダイヤルをかける。 美「……」 出ないで出ないで出ないで。 そう思っている自分にちょっと呆れながら、無惨にも3コール目で『はい』と落ち着いた声が響いたことに落胆する。 美「こんばんは、突然連絡してごめんなさい。姫野美沙姫です」 ?『はは、こんばんは。構わないよ全然。俺も連絡しようと思ってたんだよ。でも電話が掛かってくるとは予想外』 美「メールにしようかとも思ったんですが、どうも苦手で、」 ?『メールが?女子高生らしからぬ発言だね』 美「あたし、世間一般でいう女子高生とは違うみたいなので」 ?『ははは!違いない』 この人はひどく話しやすい。間というか、トーンというか、はっきりとは言い切れないけど絶妙な話し方をする。 だからこの人と会話をするのは怖い。 何でもかんでも、ボロボロとこぼれていきそうで。 ?『でも俺としては嬉しいよ。やっぱり、』 ーーー婚約者の声はいつでも聞きたいものだからね。 ああ、何て耳触りの悪い言葉なんだろう。 声も話し方も不快なものなどないのに。"婚約者"その言葉だけが耳障りだ。 美「……"須賀"さん、そういうのは反応に困ります」 須『そう言われても本音だからね』 須『まあ、君があの執事くんに言われても仕方なしに掛けてきたってのは分かってるから、そんな気を張らないで』 美「っ」 ばれてる。うそ、なんで。 須『くっくっく、今なんで、って焦ってるでしょ。やっぱ分かりやすいね、美沙姫』 美「…遊ばないでください」 この人に名前を呼ばれるのは少し苦手だ。 呼ばれているだけなのに、見透かされたようにバツが悪くなる。けれど優しさも冷たさも軽さも重さも兼ね備えている気がする不思議な声だ。 この間、初めて会ったその時から。
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