第十九章

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無言の時間がいくばかりか続き、緊張もMAXに達した時。コツン、コツン、と重みのある革靴の音が聞こえた。 ーー来た。 もう一度大きく息を吐き背筋を伸ばす。 あたしが入ってきた扉とは反対側から少し冷たい空気が混じる。 足が強張っているまま椅子から立ち上がる。深くお辞儀をして最初の言葉を待った。 「風間」 風「はい」 名前を呼ばれたのはあたしじゃない。 やっぱりとも思っている自分がいる。 お祖父様が風間を自分の専属へとしたのはあたしが中学のときの話だ。 もしかしたら最初からそうするつもりであたしに付けていたのかもしれない。彼は年齢を凌駕する才能を持ち合わせていた。 勉強も運動も、政治に関してだって、財閥の事務だって、お得意様への立ち回りだって、お祖父様の付き人としてだって風間はこなす。 しかし決して本人は前に出ようとせず、お祖父様はそれを都合のいいことだと言っていて、不快に思ったことがある。 いつだってお祖父様は風間を連れ出した。 「下がっていい」 まさかの言葉にまつげを揺らす。 風間さえ戸惑った様にあたしに視線を向けている。けれどあたしは一切そっちを見ることなく俯いていたから、かしこまりました、と一言残しお祖父様を座らせてから退出した。 きっとすぐ近くで待機はしているはずだ。 お祖父様が風間を下がらせるのは珍しいこと。それは暗に聞かせたくない話なのか、あたしが助けを求めない様にか。もっともあたしが風間に頼ることはない。 それから料理が運ばれ終わるまでお互いに一言も発せずに、ひたすら浅い呼吸を繰り返した。 祖父は相好を崩すわけでもなく、美沙姫に視線を合わせず、渋い面持ちのまま腰掛けていた。 目を合わせただけで謝りたくなる様な厳格な雰囲気。姫野財閥の現会長である姫野伊吹(いぶき)、その人である。
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