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 俺(コウタ)がまだ、祖母の遺伝子だったころの記憶。  祖母ハナは、下町の中では不似合いなはど大きなお屋敷に住んでいた。洋館のありがちな白の外壁に、芝生の庭。そしてもちろん、そこの住人も下町には不似合いな人間ばかりだった。   奥様の喜美恵様は、子育てだけを生きがいとし、利益中心の人間関係しか築かないような人で、不幸なことに猫嫌いだった。  主人の幸造は、猫好きだが、今でいうところのメタボな社長で、生きているほとんどの時間をこの家で過ごすことはなかった。  その二人の子供、信子と浩一郎。毎日を自室で勉強もしくは、習い事先で過ごす、いや過ごさざるを得ない状況におかれた、ストレス満載ライフを送っていた。  お手伝いの、紗江さんは淡々と与えられた仕事だけをこなす、この家の中ではロボットの様なお人柄だった。    喜美恵は、ハナの汚れや、外で頂いてきたノミにたいしても神経質なほどに反応し、ちょっとでもその姿汚れを見ようものなら、紗江さんを即刻呼びつけ怒鳴り散らす有様だった。    そして、ハナを一切外に出すことを許さなかった。    ハナの幸せの一番の障害は、喜美恵と、喜美恵に怒鳴られまいと躍起になってハナの外出を阻止する紗江さんだった。    そんな、ハナの唯一の見方が、大叔母のトメだった。  ハナは、祖父幸次郎との約束の時間の前(人間時間でいうところの30分ほど前)を匂いで感じると、編み物をしているトメの足元に寄り添い、ゴロゴロと喉を鳴らした。  トメは、すべてを悟っているかのように、「はいはい。」といって、ハナの喉元をひとくすぐりすると、トメの部屋の向かいにある窓を開けにいくのだった。    ハナがこの家にやってきたころ、白寿を迎えたトメは、椅子からの立ち上がりや歩行が恐ろしく遅かった。スローモーションよりも遅いのではないかと思わせるくらいの代物だった。  ハナは、トメのすべてが大好きだったが、この動作の遅さだけには、いつもイライラさせられた。    向かいの部屋の窓は、いつも幸次郎との待ち合わせをしている空き地に一番近い抜け道だった。    「トメさん、早く!でも、転けないように、ゆっくり早く!」    祖母ハナが、そんな風に思いながらトメを見守り、急かしていた事を思い出す。
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