第Ⅰ譚 ―二人の始まり―

8/24
前へ
/884ページ
次へ
「第六感? 何を言ってるんだ君は……」 レイスはアーツの言葉など意にも介さないと走って行く。 残されたアーツは頬を伝う冷や汗に疑問を感じつつも、渋々といった様子でレイスに続く。 「いや、とってもイヤーな予感がすんだけどなぁ……」 そして到着。 と同時に、大気すらも揺るがす鋭い怒気が二人に突き刺さった。 「初日から遅刻とは、余程の胆力と見た。そこは褒めてやろう。 だが、けじめはつけんとな」 不敵な笑みを浮かべ立ち塞がる女性。そしてそのまま上体を軽く反らし、大きく息を吸った。 それを見るやいなや、周りの生徒が即座に耳を塞ぐ。 無論アーツ達もその異変に気付きはしたのだが、如何せん情報が少なかった。 そして次の瞬間、 「この……馬鹿者どもがぁ!!」 鼓膜を突き破りかねない程の大音量が襲い掛かった。無警戒だった二人は突如として目の前に出現した“見えない壁”に圧倒され、思わず尻餅をついてしまう。 「ほーら、やっぱりじゃねぇか……」 耳鳴りのする耳を押さえ、片膝を付いた体勢でアーツは溜息をついた。 しかし、その動作は女性教師の怒りを更に掻き立てる。   「おい黒髪! っとこっちは……アーツェラフ!」 羊皮紙で顔を確認し、女教師がアーツの名を呼ぶ。 「へいへーい、耳以外は元気ですよっと」 「点呼ではない! だいたい、点呼だとしてもその返事はなんだ!」 「いや、でも点呼じゃねーんだろ?」 「……ほう。初対面でこの私に喧嘩を売るか。なかなか面白い」 アーツの不遜な物言いに何を感じたか、女教師は途端に溢れ出ていた“何か”を押さえる。その直後、今度は冷たい悪寒がアーツの背を走った。 「っ!」 見えない何かに危機感を感じ、無意識に剣を抜いてしまう。 「アーツ!」 レイスが止める声など、もはや聞こえない。 一瞬でも気を抜けば“殺”られる――! そんな威圧感を醸し出しながらも、女教師はふと思い付いたように口を開いた。 「さて、アーツェラフ。何か言うべきことはあるか?」 この場で求められる言葉は明らかである。 だが、ほどよい緊張と興奮はアーツの思考レベルを何段階も進化させていた。ただし、間違った方向へ。 「……アンタ、未婚だろ?」 時が止まった。
/884ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1719人が本棚に入れています
本棚に追加