掌中の記憶

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僕の知るかぎり、河野政志という男は本当にいいヤツだ。 決して男前ではないが、人懐こい笑顔。 程々に真面目で、適度に不真面目。 飲み会の幹事をさせたら水を得た魚のように生き生きするタイプ。 僕ら皆川ゼミが他のクラスに比べてやたらと仲がいいのは、ほとんど彼のお陰かもしれない。 なにしろ誰かが教育実習から帰ってくるたびに打ち上げと称して居酒屋を予約していたのだから。 実際、今日の同窓会も見事に仕切ってくれた。 そんな彼だが、いざ自分のことになると不思議なくらい消極的になってしまうのだ。 花見の一件以来仲良くなった僕たちは、ときどきふたりでメシを食ったり酒を飲んだりするようになっていた。 そんなとき、彼が酔った勢いで一度だけぽつりと零したことがある。 「小山さんが好きなんだ」 その言葉が、今も耳に残って離れない。 もしかしたら本人は覚えていないかもしれないけど、そのとき以来、僕は彼の秘めた想いがいつか叶うに違いないと思い込むようになってしまった。 なんの根拠もないのだけど。 自分のことは棚に上げて、ふたりが結婚して、僕といつまでも仲良くしてくれればいいと、勝手に未来を想像していた。
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