掌中の記憶

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さっきの二次会で見た光景。 政志が美央のグラスにビールを注ぎながら「幸せになれよ~」と屈託なく笑う様子が、なぜあんなに僕をいらついた気持ちにさせたのか、自分でもよくわからない。 たとえるならば小学生の頃、自信を持って回答した国語のテストの答えが間違っていると指摘されたときの妙な不快感。 あれは数学の答えに×を点けられるのとは全然違う。 僕はこう読みこう理解したからこう答えた。 でもそれは作者の意図とは違うから、本当はあなたはこう答えるべきであった。 存在を否定され、行き場を失う僕の答え。 自分の手の届かぬところで、見知っているはずの何かが全く知らないものに変わってしまったような不安と焦りに苛まれる感覚…それが似ていると言えなくもない。 何かが狂ってゆく。 いや、“狂う”と呼べるほど正確なものなど、もともとどこにもなかったのだ。 各務修平というなんでもない男が、ごく狭い世界で描いた勝手な理想。 吹けば飛ぶような不確かなものが、本当に飛ぶ時が来た。 ただそれだけのことだ。
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