零れ落ちゆくもの

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「えっ、なんで?」 美央がぴたりと立ち止まる。 その目はまんまるだ。 「だって修平、絶対教師になるって、あんなに頑張ってたじゃない!採用試験に受かった時もすごく喜んでたじゃない!」 彼女の声には僕を非難する響きはなく、ただ驚きが勝っているようだった。 「まさか…何かやらかしたの?懲戒免職とかじゃないよね?」 「ちがうよ」 「だったらどうして…何かあったの?」 信じられないという面持ちで僕を見上げる彼女の目の強さに、少々たじろいでしまう。 あぁ、そうか。 僕にとって“小山美央=河野政志の好きな人”であったように、彼女の中では“各務修平=教師になりたい人”だったのかもしれない。 だから所詮は他人のことなのに、こんなに感情的になれるんだ。 学生時代、ゼミの仲間が一般企業への就職や大学院への進学を決めていく中、最後まで一緒に教師を目指した美央にだけは、いずれ僕の決断を話したいと思っていた。 でももしかしたら僕は、美央が僕らの知らない男と結婚すると聞かされた仕返しに、こんな話をしてしまっているのかもしれない。 全く、子供じみている。
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