零れ落ちゆくもの

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それは誰にでも憶えのある感覚だと思う。 幼い頃、自分のいる世界は狭かった。 気掛かりは宿題だったり友達との些細な喧嘩だったり、種類は数あれど手のひらにおさまる程度のものだった。 けれど、その未来に拓けている世界は無邪気に限りなく広かったと思う。 人は歳をとるにつれ、自分にはできないことがたくさんあることを知っていく。 それはたぶん、自分の能力の限界を知るとともに、守りたいものが明確になっていくからだ。 いつの間にか両手から零れんばかりに増えた大切なものや人は、時として枷になる。 どうしても捨てられないものを選びながら生きていくうち、気が付けば選択可能な道は信じられないほどに狭く少なくなっているのだ。 裏返せばそれは幸せの証だから、必ずしも嘆くべきことではなく、むしろ誇るべきだと思う。 でもそれは分岐点ごとにきちんと考えて悩んだ人にのみ与えられる充実感だ。 美央を見ていればわかる。 今の僕の手の中には何がある? 大事な人も守りたいものも、何もないかもしれない。 そう思うと、恐くてたまらない。
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