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だから…なんだろう。
言いたいことは言い尽くしてしまったようだ。
所在なくなって空を仰ぐと、半分欠けた月が雲に隠れようとしている。
「修平、真面目だから不安なんだよね。仕事は生活の為って割り切る考え方もあるだろうけど、あんたには無理そうだし」
「真面目にやってこなかったから苦労してんだ。深く考えずに楽なほうへ流れちまったツケかな」
「そういうこと言っちゃうところが真面目なんじゃないの?」
「そう…なのか?」
多分、今の僕は憑き物が落ちたように惚けた顔をしてるんだろう。
事態は何も変わっていないのに、胸の中は確実に軽い。
そんな僕を見て、美央がやけに大人びた表情で笑う。
しばらく、僕らの規則的な足音を川面のさざめきだけが包んでいた。
やがて駅の明かりがずいぶん近くに感じられるようになった頃、美央が口を開いた。
いつも賑やかな彼女らしくなく…いや、ある意味非常に本来の彼女らしく。
とにかく、とても静かに。
囁くように。
「修平、さっき私の婚約者がどんな人かって聞いたよね?」
彼女の柔らかい横顔に、ぼんやりと月明かりが射す。
「彼…、あなたに似てるわ、とても」
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