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「お嬢様は大層善人であられるようだ。ただ、それを実行できないのなら、お嬢様は所詮偽善者止まりです」
「偽善者? 私を偽善者だと言うの?」
「それ以外の何だと言うんです? ならば聞きますが、見ず知らずの平民が殺され、その死体の近くで臓器をむしり取っている男がいたとしましょう。その男は、散弾銃とサバイバルナイフを持っています。お嬢様は丸腰です。その状態で、お嬢様は見ず知らずの死体のために戦いますか?」
あまりに過激で行き過ぎた表現を用いてシャルロットを問い詰めるシェイドの顔は、どこか悪魔的であった。
彼女は想像力が豊かなため、青ざめた顔でその場に座り込んでしまう。シェイドの作った場面が、彼女の脳裏にしっかりと焼き付いたのだろう。
「自分に出来ない行いを強い、それで善人ぶっているような人間はただの偽善者です。もっと悪く言うならば愚者」
「……それでも、せめてお墓を作るくらいは――」
まだシェイドの行いに納得がいかないようで、シャルロットはブツブツと不平を漏らす。
そんな彼女の肩を無理矢理引き寄せ、顔を思い切り近付けるシェイド。彼の冷ややかな侮蔑の光は、逃れようのない彼女の瞳へと吸い込まれる。
「お嬢様は何も知らない。まあ、戦う恐怖、死の恐怖、全てを免除された箱入り娘には、決して理解できませんがね。貴女は世間知らずです。例えば――」
シェイドは右腕をシャルロットの首の裏に回し、左手に彼女の顎を乗せていた。
堕天使の笑みを浮かべる彼は、可哀相なほど怯えている彼女の耳に囁きかける。
「私がここで死んだなら、お嬢様は一人でフィレストロに行けますか? カレイルに帰れますか? 無理でしょう。死んだらどうしよう、誘拐されたらどうしよう……そう思いませんか?私にも、お嬢様を守る度にそんな恐怖が襲ってくるんですよ」
最早シャルロットは、何も言う事が出来なくなっていた。
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