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「はあ……またお使いですか?」
「そう、もう最悪よ。あの山賊オヤジ、事あるごとに私に触ろうとしてくるし、やたらとお使いさせるし」
「そう言われましてもねえ……私はただの従者ですから」
先ほどの黒いドレスの少女は、部屋から出た時の不快そうな表情をそのままに、従者を名乗る男に愚痴をこぼしていた。
漆黒の髪に漆黒のスーツという出で立ちの男は、少女の話を聞きながら紅茶を淹れている。
少女の方はと言うと、ソファーの上で横たわり、不満そうに足をばたつかせていた。普段と全く変わらない光景である。
「頼まれたものは仕方ないでしょう。お嬢様はまだ若いのですから、嫌な経験を積むことも必要ですよ。まあ、それにしても――」
芳香の漂うティーカップを銀製の盆に乗せ、従者は少女の暴れるソファーの前、小さな机の上にそれを置いた。
ミルクと砂糖、それと小さなチョコレートケーキを添えてから、彼は高級そうな椅子に腰掛ける。
「フィレストロは遠いですよ。普通に歩けば五日は掛かります」
「馬車を使えばいいじゃない。何で歩く必要があるのよ……っていうか、あんたはやっぱり座るのね。従者なのに」
「ご安心を。お嬢様を守ることくらい、座っていても容易いですから。ちなみに、馬車を使うと着くのに倍かかります。それでもよろしいですか?」
「えー? 何で馬車の方が遅いのよ」
少女は身体を起こしてケーキを頬張り始めたが、従者の説明に不満なのか、口にケーキを詰めたまま問い掛ける。
優雅に紅茶を飲む彼は、再び立ち上がって、少女の背後側にある棚から一札の本を取り出した。
タイトルは、単純にも『世界地図』。
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