108人が本棚に入れています
本棚に追加
「お嬢様、この街の南にある山脈を知っていますか?」
従者は、それほど厚くない本のページを一枚ずつ捲りながら、相変わらずケーキを食べ続ける少女に問い掛けた。
この問いにはさすがに苛ついたらしく、彼女は不機嫌そうな顔でケーキを飲み込む。
「私だって、それが分からないほど馬鹿じゃないわ。レファルス山脈でしょ?」
「ご名答。さすがはシャルロットお嬢様ですね。いい家庭教師を探し回った甲斐がありました」
純粋な褒め言葉には聞こえにくい事を言って、彼は微笑んだ。やはり皮肉に聞こえたようで、シャルロットは顔をしかめる。
ようやく目当てのページを見つけたのか、彼はその本をシャルロットに向けて置いた。
「ご覧になって頂くと分かる通り、私達が今いるカレイルは、フィランツェ大陸の北端に位置します。その南に位置するのがレファルス山脈で、どの山にもトンネルはありません。これは、貴族の街として造られたカレイルの中に、南から平民風情を紛れ込ませないのが目的で、故意に造っていないというのが通説ですね。ちなみに、この街が貴族の街となった起源には――」
「シェイド! そんなことは家庭教師から習ったわよ!」
長い説明――しかも既知の事実ばかりを喋るシェイドに対し、元々気長ではないシャルロットは叱責した。
彼は一応口を噤んだが、特に反省の色はない。スーツの襟を正した彼は、シャルロットの顔を見ずに本へと目を落とす。
「そのため、山を越える必要がありますが、馬車が通れる道はありません。もちろん、南の人間を入れないためです。山脈を回り込むとなると、大きく東に迂回しないといけないので、歩くよりも時間はかかります。お分かりになりましたか?」
またしても説明は長かったが、聞きたい事は聞けたらしく、シャルロットは不本意そうな表情で頷いた。
逆に、シェイドの方は満足げに本を閉じ、それを本棚には戻さずに腰掛ける。
「出発はいつでしょうか?」
「今よ、今。あのオヤジの事だし、そう言うに決まってるわ」
事も無げにシャルロットは言ったが、シェイドの方は引きつった表情でそんな彼女を見返していた。
最初のコメントを投稿しよう!