= 第2章 = ヘイズィ・ムーン

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「お嬢様。」 「きゃっ!?」 庭をパタパタと走るプリシラに深く響き渡る低音の声が呼びかけた。 その声に驚き、小さい身丈のプリシラがピョンと飛び跳ねる。 無事、着地してからプリシラは声の主の方を見上げた。 「イシュア! ここにいたのね!」 そう言ったプリシラの頬は走ったためなのか、頬が赤く染まっている。 視線の先には大きな男が居た。 この男が、イシュア・ガードナーだ。 「ええ、ここが私の仕事場ですので。」 イシュアが微笑みそう言うと、プリシラはころころと鈴を鳴らしたように笑った。 「そうよねぇ。じゃあ、バラの奥様との御話、聴いてた?」 キラキラと輝く瞳に、イシュアは微笑みをくずさず、答えた。 「いいえ。お嬢様の楽しそうな声は微かに聞こえてきましたが。」 するとプリシラは数秒の間、ぽかんとした。 やがて元の眩しい笑顔に戻ると、言った。 「あのね! バラの奥様、喉が渇いているみたいなの。イシュア、お水を頂戴。」 今度はイシュアが、ぽかんとした。 しかし、すぐに元の微笑みに戻った。 土作業をしていた証である泥が、イシュアの頬骨の辺りを彩っていた。 「どちらのバラの奥様でしょうか。」 「紅色の綺麗な色をした方よ。」 「――わかりました。では、そちらに向かいましょう。」 イシュアはプリシラの眩しい笑顔に目を細めた。 睨んでいると思われないように、 できるだけ眉間に皺を寄せず、 できるだけ微笑みの形を崩さないようにした。
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