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リズミカルな音を立てながら、車輪が轍の跡を刻んでいく。
御者席で手綱を握っていた父親は、何度も空を仰ぎ見て、それが好ましくない色に移り変わっていることに顔をしかめた。
幌の内側に注意を向けると、彼の幼い娘達が、ころころと弾むような笑い声を上げている。
同乗している若い女が、彼女の持ち物であるらしい色とりどりのリボンで、娘達の髪を結ってくれているらしかった。
妻に先立たれてから、男手ひとつで二人の娘を育てている身では、なかなかそういった細やかなことはしてやれない。
娘達の嬉しそうな様子が、彼は少し切なかった。
「すまないね、あんた」
父親が礼を言うと、臙脂色のローブの人影がゆったりと振り返る。
「いいえ。こちらこそ、乗せていただいて感謝しています。どうやら、一雨きそうですね」
フードの中から、美貌の顔がのぞいた。
その姿は、こんな場所で粗末な馬車に揺られるよりも、宮殿の中でドレスにでも身を包んでいたほうが、よほど似つかわしいように思える。
「ほんとに、ギランまででいいのかい?1日滞在してもいいなら、その後でオーレンまで送ってやれるんだが」
「お気遣い感謝いたします。でも、大丈夫ですわ」
会話はそれで終った。しばらくは、街道を踏みしめる車輪が奏でる、不規則な振動だけがその場の主役となる。
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