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扉を開け中に入ると、右手のカフェスペースに座っていた男が此方に手を上げた。
「久しぶり。キリ」
席に着いての第一声。
抑揚も感情も何も有ったもんじゃ無い言葉だが、相変わらずイイ声をしている。
「久しぶりって一昨日顔合わせただろ…」
「そんな昔話は憶えて無い」
「……それで?何か用事?」
「何も。今日はろくな奴らが来てないから単純に不満で」
言って、ジョッキに満たされた酒を一口。
……ジョッキに三分の一ほどウォッカが残った。
「ろくな奴らって……」
ステージ上には何言ってるか解らない黒人バンド。
「……確かに。でもだったらルチが歌えばいいだろ?」
男の名は流薙。
ルチと読む。
当然本名では無い…と言うよりコイツには本名が無い。
音楽にのめり込み、自分から『流薙』と名乗り出すまで彼には名前は無かった。
【ミスリル】では珍しくも無い話だが。
そんなルチの所属するバンドは【トリカゴ】の顔でもある。いわばメインイベンター。
それが出演しないなんておかしな話だが…
「演ろうにもギターが無きゃ無理だ」
あぁ、と俺は納得した。
先週のライブで、コイツは興奮の余り自分のギターでスピーカーの一部を破壊、続いてマイクスタンドをギターに突き刺し、貫通。
ライブは最高潮となったが、機材は全部おじゃんになった、という話を聞いたような気がする。
記憶が曖昧な事が示す通り『流石にそれは無いだろ』と思っていたんだが…まさか真実だとは。
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