日"常"

3/8

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
扉を開け中に入ると、右手のカフェスペースに座っていた男が此方に手を上げた。 「久しぶり。キリ」 席に着いての第一声。 抑揚も感情も何も有ったもんじゃ無い言葉だが、相変わらずイイ声をしている。 「久しぶりって一昨日顔合わせただろ…」 「そんな昔話は憶えて無い」 「……それで?何か用事?」 「何も。今日はろくな奴らが来てないから単純に不満で」 言って、ジョッキに満たされた酒を一口。 ……ジョッキに三分の一ほどウォッカが残った。 「ろくな奴らって……」 ステージ上には何言ってるか解らない黒人バンド。 「……確かに。でもだったらルチが歌えばいいだろ?」 男の名は流薙。 ルチと読む。 当然本名では無い…と言うよりコイツには本名が無い。 音楽にのめり込み、自分から『流薙』と名乗り出すまで彼には名前は無かった。 【ミスリル】では珍しくも無い話だが。 そんなルチの所属するバンドは【トリカゴ】の顔でもある。いわばメインイベンター。 それが出演しないなんておかしな話だが… 「演ろうにもギターが無きゃ無理だ」 あぁ、と俺は納得した。 先週のライブで、コイツは興奮の余り自分のギターでスピーカーの一部を破壊、続いてマイクスタンドをギターに突き刺し、貫通。 ライブは最高潮となったが、機材は全部おじゃんになった、という話を聞いたような気がする。 記憶が曖昧な事が示す通り『流石にそれは無いだろ』と思っていたんだが…まさか真実だとは。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加