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今日の空はいつもと違っていた。薄暗く重い空から、はらはらと肌を冷やす結晶が降り注ぐ。
白く、かすかな光を確実にはらむ氷の結晶――雪。
一年で三日しか降らないこの雪に身を震わせながら、古びた木箱の物陰に潜む少年がいた。
黒ずんだ木造の建物が立ち並ぶこの地区で、彼の持つ桃色の髪はひときわよく目立つ。
それをしわくちゃになった帽子を目深にかぶることで隠しつつ、彼は必至の形相で一点を見つめていた。
路上に荷車を引いた中年が大きな声をあげながら歩いてくる。どこにでもいるような、普通の中年であるが、少年の目的はその荷車の方にあった。
『おっちゃんのパン屋』とやたら可愛らしい字で書かれた看板の荷台をじっと見つめる。
籠を持った主婦がわらわらと集まってくるその光景に、少年はにやりと口角をあげた。
(よし、いける)
ごくりと唾を飲み込み、少年は低姿勢のままその荷車に近寄る。
足音をひそめ、息もひそめ。
こっそりと人だかりに紛れて、少年は目的の物に手を伸ばした。
ほかほかの白い湯気が甘い芳香を漂わせている、揚げパン。今、それが彼の手に入ろうとしている。
その時だった。突如帽子をはぎ取られ、彼は目を見開き、振り返る。
「ピンクだぁ。なぁなぁ、これサクラでしょー?」
嬉しそうに微笑む女のコ。だが少年は視線をその上に向けていた。
そこにも笑顔があった。目が全く笑っていない笑顔の中年が柔らかな口調で言う。
「やぁニケ君、いらっしゃい。
ウチの揚げパンをひいきにしてくれているみたいで、おっちゃんは嬉しいよ……で、今日はちゃんとお金を持って来ているのかい?」
「や……おっちゃん」
身を引きながら、ニケと呼ばれたその少年は片手を上げた。大きな彼の瞳は右往左往と泳ぎ、額からは寒い季節であるというのに汗が滴り落ちる。
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