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居間に戻ると雅人が聞いてきた。
「誰だった?」
「見た事ない人だった。何か旅をしてるみたい。宿はないかって」
「旅でこんな山奥に入って来るなんて物好きな奴だなぁ」
雅人はそう言い氷の沢山入った麦茶を飲んだ。
「確かに珍しいなぁ。今まで旅行者なんて来る事なかったんだがな」
義父の良幸(よしゆき)が煙草をくわえながら話しに入って来た。
「親父。由紀子の前で煙草吸うなよ」
良幸はすまんと煙草を灰皿に押し消す。
「宿なんてないから引き返すだろ」
「でも、その人歩いて来たみたいだったよ」
「まさか。近い町からでもこの村まで車で一時間は掛かるし、山道がほとんどだぞ」
雅人が半笑いで言った。
「そんな事言われたって車の音なんて聞こえなかったし…」
「まぁ、どの道この村には泊まれない。特に旅人はな…。自分の足で来たんだし、招く必要もない」
良幸はそう言いながら居間から出て行った。
由紀子はいつも優しい良幸の目が、ふと冷たくなったような気がした。
「さぁ、そんな事より散歩行くんだろ?俺は用意出来てるから、由紀子も用意してきな」
私は雅人に促(うなが)され支度をしに寝室へ向かった。
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