嘲笑の陰

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朝、クローゼットを開けて淡い色調の清楚なイメージの服を選んだ。 大人しそうに見える女。 強く出れば折れそうに見える女。 そう思われなければならないのだから。 職場ではなかなか仕事に身が入らなかった、何度も時計を眺めては動悸を抑える。 夕刻、時計を合わせてから会社を出た。 時間を計算して帰宅すると案の定運転手が立っていた、よれたポロシャツに作業ズボンで煙草をふかしている。 「遅かったんですねぇ、俺が待ってるの知ってるでしょ」 デートの待ち合わせに遅れた女を咎める言葉。 「仕事でしたから」 最初から告げてあるのに何処までも自分本位な男だ。 「じゃあ、行きましょうかね」 にやにやしながら腕を掴む、玄関に引っ張って行こうとしたので足に力を入れ抵抗した。 「いえ、位牌は昨晩叔父に預けました」 予想外の展開に運転手は露骨に嫌な顔をする。 「はぁあ?」 短く言うと思い切り顔をしかめた。 「仏壇も無いので両親が気の毒だったものですから叔父にお願いしていたんです」 加減を考えず掴まれた腕が痛い。 「嘘付け!叔父なんていねぇだろうが」 ぐいっと腕を引っ張っり玄関にまた向かおうとする。 「本当です」 私は俯きがちに腕時計を確かめた。 「適当な事を言うんじゃねぇ」
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