嘲笑の陰

7/54
前へ
/54ページ
次へ
オペラ座の怪人が着けていた顔半分を覆うマスクを思い出させる。 見開いた目は無機質で生き物にある滑らかさが感じられない。 薄気味悪くなって背筋がぞわぞわしてきた。 運転手は不意に顔を上げ私に目線を合わせる。 無機質なままの目は死人に掴まれたような錯覚を起こさせ、必要以上の恐怖感を植え込む。 渇いて唾も出ず喉だけがごくりと鳴った。 「あんたさぁ、生活に困ってんだろ」 確かに家が半壊になり急場の生活は大変だ。 「こんな何も無い部屋に一人で住んでさぁ、兄弟も助けてくれる親戚も居ないんだろ」 私は成人してるし。 仕事の都合もあるし。 助けてくれる叔父夫婦がいるし。 部屋に何も無いのは急だから揃っていないだけだし。 恐怖感が混乱を呼び、取り留めなく思考が空転する。 運転手の目は確かに私の方を向いているのだが、通過して遠くの景色を見ている様に感情が読み取れない。 運転手の口調は徐々に崩れぞんざいな態度になっていく。 ただねっとりと絡み付く語尾は変わらなかった。 「なぁ俺が援助してやろうか」 援助? 「女が一人で生きられる程世の中は甘くないからねぇ」 何が? 「あんたみたいな小娘は男に尻を振るのがせいぜいなんだ」 掴んだ腕を引き私に正面を向かせると空いた手で右肩も掴まれた。 男が身をよじり体を擦り付けてくる。 私は硬直して猫にマーキングされる柱みたいに突っ立っている。 数分と経たないうちに玄関前で人の声がした。 続いて玄関の呼び鈴が響く。 その音で硬直が解かれた私は玄関の扉へ向かおうとした。 男は行かせまいと掴んだ手に力を込める。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

248人が本棚に入れています
本棚に追加