第四章 秘密

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 それは私────日向井綾奈がまだ幼い時の事。  両親を一度に失い、それから私は素の自分を隠すようになった。以来私は、心から泣くことはなくなったし、心から笑うこともなくなった。他人に強く自分を見せていかなければ、いつか自分の心が折れてしまいそうだったから。  でも、そんな私にいち早く気付いてくれた人がいた。幼稚園の先生方でも、祖父母でも、親戚の人でもない。  それは、いつも私と一緒にいた仲良しの男の子だった。 「あーちゃん最近元気ないね。どうしたの?」  子供というのは大人が思う以上に繊細で感傷に浸りやすく、彼らの心はふとしたことで崩れてしまう。物心がついていれば尚更のことだ。  もちろんそれは当時の私にも言えることで、大切なピースを取り除かれたジェンガみたいに、私の心はバラバラに崩れていた。なのに、大の大人達は何一つ気付いてくれない。早すぎる親の死を、私が理解していないものだと思っていたのだ。それは、親の死を死ぬほど我慢している心を無下にされているようで、私は悔しかった。傷ついた心を更に深く抉られているようで、辛かった。  だからだ。  私が仲の良かった男の子────赤城隼人にあたったのは。大人にも分からないことを、どうして子供のお前に分かるんだと。知ったような口を利かないでよと。  それからだ、私が彼のことを嫌いになったのは。  顔を見るのも嫌だったし、顔を見せるのも嫌だった。  何も話したくはなかったし、何を話せばいいのかも分からなかった。  表と裏、建前と本音。私の中に眠る二人の私、天の邪鬼な私と素直な私。  両者の想いが互いにぶつかり、次第にそれが葛藤となり私の心を締め付けていった。  でも、確かに考え方の違う二人だけれど、ある一つの点で二人の私は共通していた。  二度と彼に会いたくはない。  そして、まるでその願いが聞き届いたかのように私は彼と別れることになった。  私が母方の祖父母に引き取られる事が決まり、転園することになったのだ。  だけど彼は、その日に限って私の顔を見るなりこう言ってきたのだ。 「泣きたいときは泣けばいいんだ。それはスナオなことなんだって。でも、泣いてもどうしようもないことはこの先たくさんあるって。そういうときは笑った方が良いって。それが強い子だってママが言ってた」
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