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「今年くらいは願い事を願ってもいいよね。」なんて思いながらふと顔を上げたら、ほんの一瞬だけ空に小さな亀裂が走った。私の口から思わず「あっ」と声が漏れた。
夏の夜空。散りばめられた星々の中でもひときわ輝いて見える夏の大三角。天の川にかかるカササギの橋、川を挟んで静かに瞬く織姫星と彦星。その間を颯爽と疾り去っていった一筋の流れ星。
ここが街から離れた長野の山奥だからなのか、それとも今日に限って空が澄んでいるからなのか。はたまた今夜が新月で夜空に月がないからなのか。何にせよ、これだけの満天の星を仰いだのは、十年前に姉と天体観測を行って以来のことだ。
そうして昔を懐かしんでいたら、胸のあたりにズキンと締め付けられたような痛みが走った。
この数年間、私が七夕で飾る短冊は空白のままだ。
夢がないとか、何を書けばいいのか分からないとか、そういうわけじゃない。ただ、短冊に願い事を書いたところで、それが決して叶わない『夢』だと知っているから筆が進まないのだ。
私は七年前に姉を亡くした。奇しくもその日は姉の誕生日で、七夕の日でもあった。
それは一瞬の出来事だった。姉は不慮の事故で命を落としたのだ。私の目の前で。さよならを言う暇もなく。
以来、七月七日が来る度に私はその日のことを思い出してしまう。
もう一度だけでいいから姉に会って、そして「大好きだよ」と伝えたい。
それが私の願い事。
でも、私はそれが決して叶わない『夢』だと自覚している。だから私の短冊はいつだって真っさらなのだ。
それからだ。私がファンタジーのような幻想を追い求めるようになったのは。
どこかの小説みたいに『たった一つでも願いの叶う世界』があるのなら、と。
そう夢を見続けている。
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