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†
──また嫌な夢を見た。いや、多分見ていた気がする。
目尻に浮かんだ涙はそのままに、少女は惚けた様子で天井を眺めた。
バクバクと足早に鼓動する心臓。無意識に続く深い呼吸。
どんな夢を見ていたんだっけ。恐ろしい夢だったような、或いは哀しい夢だったような。
思い出そうにも、どうしてか思い出せない。夢なんて大抵そんなものだ。
仮に覚えていたとしても、それはひどく断片的で非現実的なものばかり。そして時間とともに忘れてしまう。夢なんてその程度のもの。
けれど、今見ていた夢はそうでない気がした。日常にありふれた情景を見ていた気がするのだが、どうしてもそれをその程度なんて軽い言葉で切り捨てることができなかった。
ベッドに横たわったまま、少女はふと窓の方へと目をやる。
ブルーグレーのカーテンの隙間から、雲の切れ間から溢れる天使の梯子(正式には薄明光線と言うらしい)のような放射状の陽射しが部屋の中へと差し込んでいた。それが、薄暗い部屋に漂う埃を、夜明け前の星みたいにチカチカと輝かせている。
もう一度眠れば夢の続きを見れるだろうか。
そう思い瞳を閉じたら、不意に枕元の目覚まし時計が冷え込んだ部屋の空気を震わせてきた。
間髪入れず、煩わしそうにそれを止める少女。
そして、まだ大丈夫と自分に言い聞かせ、彼女は再び布団の中へと潜り込んだ。
それから暫くして、幾度目かのアラーム音が鳴り始めた頃。
少女は布団から腕を伸ばしアラームを消すと、今度はそれを顔の前へと引き寄せた。
「………………」
未だ眠気が覚めぬまま、寝惚け眼でデジタル時計の示す時刻を凝視する少女。
彼女の瞳に焦りが見えた。
「…………あ……」
言葉が漏れた。
確かに、寝起きの彼女の表情はどこか気の抜けた容子だったかもしれない。しかしそれも束の間の出来事で、今やとんでもないものでも見た感じに、時を移すことなく彼女はベッドから飛び出した。
「やば!」
憐れにも彼女に投げ捨てられたアラーム時計が荒れた布団の上でバウンドする。
「新学期早々どうしてこうなるかなぁ……。綾も連絡くらいくれればいいのに」
ぶつぶつと文句を言いながらも、壁に掛かけらていた制服はもはやそこにはなく、今では乱雑にベッドの上へと放られていた。
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