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数分後。カーテンの開け放たれた明るい部屋で。一人姿見の前に立ち着替えをしている黒髪の少女。ただそれも思ったより早く済み、残すはリボンとブレザーを装うのみとなっていた。
だからなのか、今の彼女は悠長にも鼻唄を奏でている。
丁度そんな折。扉の向こう側、廊下の突き当たりにある階段の方から、呆れと憤りを混ぜたような女性の声が彼女の部屋に飛び込んできた。
間違いない、お母さんだ!
「可憐、今日から学校でしょ! 早く起きなさい!」
「もう起きてる!」
彼女もまたそれに負けないくらいの大きなボリュームで直ぐ様返した。
そうして鏡の前でジッと自分の目を見つめながらコンタクトレンズを嵌める少女──黒崎可憐。
彼女は最後に一つ、パチリと目をしばたかせた。
「うん、完璧!」
ふわりと、肩甲骨辺りまで伸びた黒のロングヘアが揺れる。
それから褐色混じりの黒い瞳で、姿見に写された自分の姿を可憐は捉えた。
「そういえば、今日は転入生が来る日だっけ」
呑気にも時間を忘れそう独り言を口にする彼女は今、臙脂色のリボンを胸元に結んでいる最中。
「かっこいい男の子かなぁ」彼女の顔が小さく綻ぶ。「それとも可愛い女の子だったりして」
フフンと、更に笑みを溢した可憐。続けて彼女はさっきまでのハミングをまた口ずさみ始めた。
ところで、彼女がどうして今こんなにもご機嫌なのか。それは、以前より同級生から聞いていた転入生の話が要因だった。
なんでも彼女の通う高校は、もちろんそれだけ高い学力を要するとは言え、全日制にしては珍しく他校からの転入を一、二学年のツークール毎に受け入れていた。
その為、四月と九月の始業式が近くなると、生徒達が教師などを通じて詮索を始めるのだ。今度は誰が転入してくるのかと。
可憐はそれにただ流されているだけだった。
訊いたわけでもなく、ただ聞かされただけ。それでも彼女を喜ばせるのには、転入生の話題は十分過ぎるくらい有力な情報だった。
人付き合いが上手い方ではないけれど、人と話すのが嫌いというわけではない。あわよくば転入生とフレンドリーな関係になれればと、彼女はそこに期待していた。
だから今、こんなにも上機嫌なのだ。
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