第三章

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 気が付けば、周囲は淡く明るい色を覗かせ、鳥がさえずる声が耳に届いた。もう夜が明け始めていたのだ。  俺はいつの間にか地面に寝そべり、空を仰いでいた。  体を起こし見渡すと、薄汚れたボールが転がっていた。記憶を辿る。疲労から逃れるために横になり、ただ目を瞑っていただけのような気がしていたが、きっとそのまま眠ってしまったんだろう。  明け方の肌寒さが目を醒ましてくれる。立ち上がり、昨日早いうちに脱ぎ捨てたジャージを拾い上げて荷物を纏める。  気怠い体とは対照的に、なぜか気分はスッキリとしていた。 〈私、先輩の笑ってる顔が好きだったんです〉  みきちゃんは俺を見ていた。多分、俺がわやまさんを見つける前から。 〈それに〉  どんな想いで、あの店での時間を過ごしていたんだろうか。俺に好意を抱いたことを、後悔したことはなかったんだろうか。 〈わやま先輩を見てる先輩も、好きでした〉  叶わない想いだと知っていながら。それでも自分の正直な気持ちを貫いた彼女は、俺なんかよりもずっと、ずっと。  俺も、臆病な自分とぶつからなければいけない。  みきちゃんが、教えてくれたんだ。  そう意気込んで、早一週間が過ぎようとしていた。告白の件から今日まで、わやまさんの姿を見ていない。店に行って訊ねてみても、みきちゃんも何も聞いていないと言う。  折角覚悟を決めたのに、見事に空回りしてしまっていた。そして今日の空振りを終えたあと、気付いてしまった。  彼女との接点は唯一、あの店だけだったのだ。その他の情報を持たない俺は、なんて非力なんだろうか。  元々持ち合わせていない勉強へのやる気は、わやまさんに会えない日が続く度に失せて行き、今日なんかは殆どの授業を上の空で受けていた。不自然に思ったリョウがやたらと遊びに誘って来る。仕方なしに行っても案の定、盛り上がりに欠けていた。  勝手に失恋だと決めつけられ、合コンに息巻いた友達に引きずられて行っても、苦笑いでその場をやり過ごすだけ。悪いけれど、可愛いとは思えない。  俺の基準は今や、わやまさんでしかないんだ。  店に行くことで、みきちゃんを苦しめているかもしれない。みきちゃんは嬉しそうに俺に対応してくれるけれど、本当は傷ついているのかもしれない。 〈先輩との接点をなくしたくないんです。会えるだけで、幸せなんです〉  彼女の純粋な想いに、俺は甘えているのだ。
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