第三章

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「さぁなぁ。よく知らねぇけど、前の一件で恨み買ったのかもな」  そう言うと、思い出したかのようにズボンの後ろポケットから財布を出し、中から折り畳んだ紙を取り出すと俺の前に差し出した。  俺が戸惑っていると取るように目で促され、首を傾げながらも手を伸ばした。しかし紙を掴もうとした瞬間、俺の手は空を掴んだ。彼は、スッと紙を避けた。 「な、くれんじゃないんすか」  彼は無言のまま俺を一瞥して手元の紙に目を落とし、煙を吐いてからもう一度俺に視線を戻した。睨んだと言った方が正しいだろう。 「おまえ、あいつのなんなの」  その問いかけは遠慮も配慮も気遣いもなく、刺すように俺の胸に響いた。ただの幼なじみにしては、この視線は痛すぎる。  見下しているのではない。軽蔑でもない。しかしそれより冷ややかな目を、俺は今この瞬間まで見たことがない。恐怖にも似た感情が、背中を疾った。 「俺、俺は」  俺は、彼女のなんなのだろう。ただの客と店員でしかなかったけれど、少なくとも顔見知りにはなっているはずだ。友達とまでは進んでいないだろう。あれだけ毎日のように店に通っていれば、下手すればストーカーと思われているかもしれない。  彼女が俺をどう思っているのかなんてこれっぽっちもわからない。  けれど、少なくとも俺は。 「俺、わやまさんに惚れてます。ただの根性なしの馬鹿すけど、どう思われてるかなんてわかんないすけど、俺本気なんです」  目を反らさず、真っ直ぐに答えた。彼はそれで、と促す。その先のことなんて考えもしなかった。思わず顔を伏せる。あぁでも、もし叶うなら。 「会って、伝えたいです。まだ、なんも伝えてないから、話したいです」  俺に注がれていた冷ややかな目は入り口の方へ流れ、次第に穏やかな表情になる彼を、俺は見逃さなかった。笑み、参ったなと呟いた。 「合格だ」  そう言うと今度は意地悪することなく、俺の手に紙が渡った。それを開き中の文字に目を通す。 「手強いから、まぁ、頑張れ」  彼の言葉のあとに俺は勢いよく立ち上がり、扉に向かって走ると廊下に飛び出した。勢いがつきすぎて壁にぶつかった扉は大きな音を発てた。  二三歩進んだところで思い直し、扉が閉じる前に手をかけて彼に向き直る。気をつけの姿勢で廊下に響き渡る程の声で礼を言い、直角になるくらい頭を下げたあと、彼がにこやかに手を振る姿が見えた。
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