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「遅刻だ遅刻!大遅刻!遅刻だから大きい?大きいから遅刻?いいや違うさ!兎に角?角に角?とにかく遅刻!」
妙に甲高く、遠くの野原にまで聞こえそうな声に、アリスの肩が跳ねた。
首から下げた大きな懐中時計。
着崩すことを知らない、厳格なタキシードに、赤色の蝶ネクタイ。赤く、丸い眼はまるで光り輝くがルビーが埋め込まれているのではないかと思ってしまう。
その頭に生える白く長い耳は、どう考えても奇態を感じさせる。
「急がねば!女王様に怒られる!女王様だから怒る?怒るから女王様?」
そこに、四足の常識をかなぐり捨て、二足で駆けるウサギがいたのならばアリスはまだ救われただろうか?
しかし少女が見たのは、ウサギの愛らしい耳をつけたただの騒がしい人間であった。
『……ばっかみたい』
少しだけ期待に胸を躍らせた自分を恥じ、アリスはウサギ男を睨みつけた。しかし、どうしてかあの男が気になって仕方ない自分がいた。
奇妙で珍妙で奇怪で珍怪。
いや、どうしてそんな格好を?どこから来た?
この付近にあんな人間はいないはず。どうしてそんなに急ぐ?
奇形の代名詞のようなウサギ男はアリスのくすぶる好奇心を更に沸き立たせた。
『ちょっとだけ……』
そう言って少女はふらりと立ち上がり、操られたかのように走り出す。
『ちょっと貴方、お待ちになって!』
己の欲望がままに、少女は走りはじめた。
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